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その他の記事(月刊ASCII 1985年10月号9) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]

この号の最後は、宇宙関係の記事、連載のコンピュータサイエンス、付録のポスター、シール、編集部のコメントをスクラップする。

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1986年はハレー彗星の年だったが、観測に不向きでがっかりだった。私は、見ることができなかった。

ASCII1985(10)g01宇宙からの帰還_W520.jpg
「宇宙からの帰還」はNASAの記録映画のような映画だった。月面着陸から早くも16年経ってしまっていた。高精度の映像を見ると感動したのだが、映像が綺麗になるにつれてドキドキ感は薄くなっていった。宇宙開発初期の粗い白黒動画はハラハラしながら観ていた。
ASCII1985(10)g01宇宙からの帰還_空軍基地_W520.jpg
ASCII1985(10)g02宇宙からの帰還_スカイラブ_W519.jpg
ASCII1985(10)g02宇宙からの帰還_スペースシャトル_W520.jpg
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ASCII1985(10)f01コンピュータサイエンス_W520.jpg
ASCII1985(10)f02コンピュータサイエンス_W520.jpg
リレーエッセイは茨城大学の高岡忠雄さん。茨城大学の情報工学科の紹介記事。計算機科学を教えるための大学講座再編がこのころあったのか。開講科目をみると
ASCII1985(10)f01コンピュータサイエンス_茨城大学_W379.jpg
理論講座、ソフト講座、ハード講座、システム講座があった。大学でこういったものを学べたなんてうらやましい限り。いや、趣味で勉強していた方が幸せだったか。

ASCII1985(10)g03編集室から_W520.jpg
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記事を読むと当時が懐かしい。私は、展示されていたPET、Apple、TRSといったマシンを触ることができた。当時はマニアは少数だったので、結構長時間売り場で触ることができた。面識のない客同士で売り場で会話し、情報交換したこともあった。

ASCII100号_W1075.jpg
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終活の一環としてアスキーをスクラップしているが、記念にこれらは仕舞っておく。私が死んだとき燃やしてもらおう。


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