半導体技術関係(月刊ASCII 1986年4月号3) [月刊アスキー廃棄(スクラップ)]
ASCII EXPRESS から 半導体技術関係の記事をスクラップする。
NECのV60。ある程度でもいいから市場を確保して欲しかった。結局パソコンでみることはなかった。35年前には既にパソコンはソフトがOSがハードを選択し、淘汰していく時代だった。
日電、32bit 演算プロセッサを出荷とあるが、これはいわゆる8087とか80287とかの数値演算プロセッサ(コプロセッサ)とは違ったのだろうか。良く分からない。
35年前、256Kbitが普及し、まだ1Mbitの製品がないときに既に日電は4Mbitのサンプル出荷が間近という記事で日本が世界の半導体製造技術を引っ張っていた。CPUに関しては、作ってもソフトの支援がなければ、買ってもらえないので、どうしようもない。日本のCPUは米国の製品に敵わなかった。
だからこうして、RAMの開発で頑張るしかなかった。
NECのV60。ある程度でもいいから市場を確保して欲しかった。結局パソコンでみることはなかった。35年前には既にパソコンはソフトがOSがハードを選択し、淘汰していく時代だった。
日電、32bit 演算プロセッサを出荷とあるが、これはいわゆる8087とか80287とかの数値演算プロセッサ(コプロセッサ)とは違ったのだろうか。良く分からない。
35年前、256Kbitが普及し、まだ1Mbitの製品がないときに既に日電は4Mbitのサンプル出荷が間近という記事で日本が世界の半導体製造技術を引っ張っていた。CPUに関しては、作ってもソフトの支援がなければ、買ってもらえないので、どうしようもない。日本のCPUは米国の製品に敵わなかった。
だからこうして、RAMの開発で頑張るしかなかった。
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