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37年後の後だしジャンケン01(パソコン界の黒歴史) [パソコン黒歴史]

YAMAHAの黒歴史パソコンシステムYIS


ASCII 1982年1月号から6月号を整理していたらYAMAHAのホームコンピュータの広告が目についた。毎月違う広告でYAMAHAの力の入れ具合が分かるというものだ。しかし、世間への影響はなかったのではないか?私は記憶がない。そういうことで私はYAMAHAのYISというホームコンピュータシステムを黒歴史認定する。
各月の宣伝文句を紹介すると1月号は01ASCII1982(01)YISw520.jpg
●YIS(ワイズ Yamaha Integrated System)はコンピュータを中心としたトータルシステムです。新しいコンピュータ時代の家庭やオフィスのベターライフに向けて、ヤマハは秀れたハードと良質のアプリケーションソフトを一体にオリジナル発送し供給してゆくとともに、各種インタフェースボード類によるビデオディスク(ヤマハ・アートビジョン・近日発売)やピアノ、シンセサイザといったものまで含め簡単に連動可能とし、コンピュータ制御による便利でクリエイティブな新しいライフスタイルを創造してゆきます。例えばピアノを弾くとコンピュータがリアルタイムで自動採譜するとか、夕食のおかずを適宜コンピュータと相談するといった全く新しい世界を、YISが現実化してゆくのです●人間とコンピュータの唯一の対話機能を果たすディスプレイ部の強力なグラフィック機能(16ビットCPU使用・インテリジェント)や日本人には欠かせない強力な漢字・ひらがな機能などをベースに、ミュージックコンピュータ(ピアノ、シンセサイザ等)、ホームコンピュータ(ホームマネジメント、娯楽、教養、安全管理等)、ビジネスコンピュータ(OA)といった各ライフジャンルに向けて、ヤマハはスタンバイしています
いやはや、時代を先取りしていたというか、否、先取りしそこなったというか、何とも残念。当時まだ16ビットパソコンのPC-9801は登場してなかった時代に先進過ぎたコンセプトのシステム。現在を知っているので「30年早いわ!」と突っ込みを入れたくなる。結局、私たちはYAMAHAによる「全く新しい世界」を見ることはできず、別の企業らによる「全く新しい世界」を見ることになった。

2月号の広告の宣伝文句を紹介すると01ASCII1982(02)YISw520.jpg
★去年の暮、12月7日にヤマハが発表したYIS(ワイズ・Yamaha Integrated System)の製品群がいよいよ発売になります。各種インタフェース類を充実させ、CPU を中心とした下図のような画期的ハードウェア体系での登場です。ハードウェアの充実はもちろん、YISの最大の特徴でもある良質のアプリケーション・ソフトウェ ア群も適宜開発し提供し、もっと具体的にコンピュータを私たちの生活の中に取り入れてゆくことを考えてゆくつもりです★もし、ミュージックコンピュータの世界に興味をお持ちなら、ピアノプレーヤ、ミュージックキーボードなどはいかがでしょう。ご家庭やお店のヤマハピアノをあっという間に精密なコンピュータコントロールで自動演奏ピアノに変身させることができ、移調、テンポ調整、音量調整もワンタッチです。カラオケにレッスン用にBGMに、ピアノを存分に活用しエンジョイ できます。或いはミュージックキーボードを接続して49鍵・FM方式の本格的シンセサイザ演奏および自動演奏を楽しむことだってできます。さらにピアノやミュージックキーボードを弾くとコンピュータが自動採譜して楽譜をプリントアウトしたり、逆に、コンピュータのキーボードから記号や数字で音符を入力するとひとりでに自動演奏が始まるといったことへの発展も含め、コンピュータの新しい在り方をお届けします★ホームコンピュータの世界では、やっぱりTVゲームあたりからが入りやすいところ。そのほか、編み物の目数計算や、アートビジョン及び料理番組ディスクと連動した料理指導など、コンピュータが奥様の強力な味方となります。また、防犯用アイカメラを利用した玄関機能システムなど、いよいよホームコンピュータ時代の幕開けです★そうしてヤマハでは、ヤマハ家具ショップやエレクトーン教室のオフィスオートメーションを手始めに、ビジネスコンピュータの分野へも準備をすすめ、体系化され たハードウェア&ソフトウェアのもとに、実用的なヒューマンコンピュータ時代を推進します。Live a joyful life!
うーむ。全くすごいではないか。今あるもの(相当品)は当時すでにYAMAHAにより提供されていたのだ。観念論とか空想ではなく実物が提供された。金さえあればこういった環境が37年前に手に入った。でも、歴史の闇に消えているのだからこれは黒歴史認定である。
しかし、なぜその後パソコンにYAMAHAの影がないのだろうか。コンセプトは良かったが時機が早すぎたということだろう。それにつけても疑問に思うことは、時期尚早と判断できた時点で、時機が来るまで待つということはできなかったのだろうか。開発した技術等を維持しておき、適当な時機に展開するということはできなかったのだろうか。してないところを見ると経営的にできなかったのだろう。いわゆる大人の事情というやつだ。YAMAHAがこの分野から消えたのはそういうことなのだろう。
2月号の広告には各ハードが紹介されている。皆見事に高額だ。
11PU-1-20w520.jpg11ASCII1982-02表1CPUw520.jpg注目すべきはセントラルプロセッシングユニットの PU-1-20だ。価格 810,000円もさることながらその構成でCPUはYM-2002(ヤマハ製6502拡張版CPU)。カラーグラフィックディスプレイボードはコントローラにZ-8001、ベクタージェネレータはヤマハオリジナルのLSIの点。ヤマハは当時自社でLSIを作ることができたとは。すごい製造技術を持っていたのだ。
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キーボードも高価格。
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ディスプレイも高価格
14フレックスメモリw312.jpg
まだフロッピーディスクとは言ってなかったんだ。
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YAMAHAだから当然の品ぞろえ。ピアノにPL-1というピアノプレーヤ・ドライブユニットを取り付け、PC-1でコントロールする。ピアノタッチをそのままに録音・再生・再生と同時に弾く連弾・キーやテンポを変えての演奏等が思いのままになる(なった)そうだ。
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このキーボードの他にミュージックボード155,000円が必要なのだが、どういうように使うのかよく分からない。
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プリンタも高い。
17アイカメラ・モニタユニットw281.jpg
玄関のカメラ。当時カメラ付きドアホンが用意されていたとは恐れ入る。また、暗証番号入力用のキーパッドが内蔵されている。37年前なのに凄い。ていうか、進歩してないな現在。おじいさんは悲しい。
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VHD方式のビデオディスク!そういえば、レーザーディスクは1981年(昭和56年)10月にパイオニアが製品化(LD-1000)していた。VHDの方がコンピュータで制御しやすかったのでヤマハはこれを採用したのだろう。
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風呂場がどう関係ある?湯沸かしをコントロールする?

さて、広告の他2月号の編集室の記事でかなり詳しく分かった。
ライフ・スタイルコンピュータの時代コンピュータメーカー,非コンピュータメ ーカー共に21世紀への存亡をかけてパーソナ ルコンピュータの開発競争を続けている.上位機種は今年中にすべて16bitマシンに埋め尽くされそうな兆しを見せている. パーソナルコンピュータも,コンピュータ・ウォーズの名の通り,ユーザーの選択を迷わすかのよう に多機多様に発表されている。
1982年2月号時点で見事な情勢分析というか情勢認識だ。流石ASCIIの編集長(以下同。これ以上は、褒め殺しにならないよう注意するつもり)
その中で今後のパーソナルコンピュータのあり方に一石を投じるのが,この度発表されたヤマハのYIS(ヤマハ・インテグレーテ ッド・システム)である。 これは, パーソナル用でもホーム用でもない.生活コンピュータを意識させるコンセプトを持った新しいシステムである.
一石を投じたのは確かだけど、影響はなかったように思う。たとえて言えば川に一石を投じたのだが、水面ではなく飛び出している石の上に当たってしまったようなものだ。
それは今迄パーソナルコンピュータ, ホームコンピュータの未来像として描かれていた ものを一気に具体化したものである.しかも, とりあえず本体だけを発表して周辺などは本体の売れ行きを見ながら揃えてゆく、といった従来の形式とは全く異なっている.
よく言えばそのとおり。率直言えば、作ってみましたというメーカーの技術力を示すためのマスターベーションのようなもの。技術力があればついやってしまいがちだと思う。
ヤマハとエレクトロニクスとの出会いは比較的古い, 昭和27年から電子楽器の調査活動を開始し,翌年には川上源一社長自ら欧米の電子楽器メーカーを視察し,楽器とエレクトロニクスの結び付きの将来性を確認したことに始まる.2年後には真空管を使った電子オルガン「EO-5」を試作するに至った.しかし,このEO-5は楽器として満足のゆくものではなかった.音を作るための素子として真空管を使っているため、思い切って回路の複雑化を行なおうとすると,楽器ではなく巨大なアナログコンピュータになってしまう.これでは楽器として扱うことができない、昭和31年ヤマハは迷わずトランジスタ式電子オルガンの開発に着手したのであった。ちなみ に当時トランジスタを生産していたのはソニーなどの専門メーカーのみであり,東芝などの総合電機メーカーがトランジスタ生産に踏み切るのは数年後であった.
ものすごく納得した。当時の自分は全く理解していなかった。多分、この記事を読んでいない。電子楽器が登場したときヤマハはトップランナーだったんだ。
ヤマハのエレクトロニクス化の推進役となったのは,今回のYISプロジェクトの総指 揮をとった持田康典専務であった. 持田専務は,昭和34年プロジェクトチーム 「持田研究室」を発足させ,以来一貫してヤマハのエレクトロニクス技術を切り開いて来た人である. 昭和47年には持田専務の計画どうり静岡県にあるヤマハ豊岡工場にてカスタムデザインによるLSIの本格的量産が始った。 なぜヤマハがLSIまでも作らねばならなかったのか,という問に対しては,半導体メーカーは当時標準ICを生産するだけで手一杯であり,ヤマハが求めている高品質の音を作り出せる専用ICを採算ベースで開発することは不可能だった,という答を得ることができる. このようにヤマハは楽器や家具を作るとき材料である原木から吟味するように,電子楽器の心臓部であるLSIを自社生産するようになった.コンピュータメーカー,電子機器 メーカーでもLSIを社内で生産しているケースはそれほど多くない。せいぜいLSIのデザインまでである.実際,マスク作成からウエハの拡散行程までを行っていれば立派な 半導体メーカーである.現にヤマハは昭和51年にシリコンアイランド・九州,鹿児島県始良郡にLSI専用工場を作り年間500万個の楽器用LSIを生産している.
本当にヤマハは尊敬に値する会社だと思う。そういえば、グループサウンズ時代にキーボードが使われていたが、あれはYAMAHAだったろうか?KORGだったろうか。そうそう、1970年代にはMOOGという非常に高額なシンセサイザで作った冨田勲の「展覧会の絵」、「火の鳥」、「惑星」のLPを買って良く聞いていた。
因みに自社消費用としては、IBMに次ぐ生産量である. ヤマハ全体としては年間1千万個のICを消費している.この数字で見る 限り,楽器,家具,スポーツ用品メーカーとしての側面よりインテグレーテッドシステム メーカーとしての側面が浮び上ってくる.
しかしどうしてヤマハはこの生産設備を維持できなかったのだろうか。多分技術の進歩に追い付くための投資が巨額なため日電、富士通、三菱、東芝、日立等について行けなかったのだろう。
このようにヤマハのエレクトロニクス戦略をたどってみると, YISの発表は必然的到 達点であると言える.YISのセントラルコンピュータが採用しているCPUはYM 2002という自社製のもの(6502系)であり,最近 特にCPUより重要視されているグラフィッ クディスプレイ用LSIには,同様に自社開発のカスタムLSIを使用している.このL SIはSIT(静電誘導トランジスタ)を論理回路に使用したベクタージェネレータで, 従来のLSIがFET(電界効果型トランジスタ)を使用しているのに比べ,高速化,高集積化が行える特色を持っている.これは東北大学西沢潤一教授とヤマハの共同開発によって作られた新デバイスであり, 超LSIへ 向 かう新技術でもある。
うわー!スゲーわ。こんなすごい半導体メーカだったとは。今は、見る影もないけど。いやそうではないな。電子デバイス - ヤマハ株式会社私の知らないところで立派に頑張っている。
このように楽器の電子化から始ったヤマハのエレクトロニクス技術は,世界のトップレベルにあると言えるだろう.
正に同意!同感!昔はすごかったと37年後に認識した。
このヤマハが作り出したトータル・コンピューテッド・システム"YIS”はピアノプレーヤー, エレクトーン, ミュージックシンセサイザはもちろん,ビデオディスクなどのニューメディア, そしてヤマハ家具とドッキングしてセキュリティシステム,ヤマハバスの水温,水量コントロール, ヤマハキッチンの制御などまさにホームコンピュータの夢 を実現しようとしている.なお,これらは常にセントラルコンピュータに持続されている必要はなく、場合により各ユニット単体で動作することも可能である.例えば,ピアノプレーヤー装置だけでもピアノの自動演秦は可能であるが,セントラルコンピュータがあれば自分の弾いた曲をそのまま楽譜の形でプリ ントアウトさせるといったインテリジェントな作業が可能である.
ああ、ここでRUBの風呂場がでてくるのか。ヤマハは昔、ユニットバスとかシステムキッチンもやっていた家具屋でもあるのか。知らんことだらけだ。コンピュータを家庭に入れるいわば当時は夢のようなスマートハウスを本気で実現しようとしていたのか。コンセプトだけではなく実現しようとしていた。成功しなかったということは、経営的・営業的な面での失敗だったのだろう
YISを始めとして,誰もが強力なコンピ ューティングパワーを所有できる現在は,従来以上にマン・マシンインターフェイス技術が重要なポイントになってくる.つまり,処理能力が増大した分を,マン・マシンインタ ーフェイス処理に振り向けてやることが可能になるわけである.その分のロスは操作性の向上に比べれば十分無視できる.
その通りです。歴史がこの論説の正しさを証明している。
これからは,ただ単にやさしく一部の機能 だけを使うのではなく、一段と強力になったコンピューティングパワーを最小の労力で引き出せる機能が必要になる.この条件を満たした時,ライフ・スタイルとパーソナルコンピュータが結びつくことができるだろう. 吉崎武
いや、凄いや。吉崎編集長。流石プロというか、トップは文章の質が違う。当時は、自分のレベルが低すぎて理解や同意できなかった。

37年も経てば、どうとも言える。後だしジャンケンにも程があると自戒しつつこれをアップする。
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